子供が生まれました

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 ご報告が遅くなりましたが、2月11日(水)午前9時12分、2,882gの元気な男の子を出産しました。

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予定日より5日遅れましたが、小さめでした。

夫に抱かれると、その小ささがよくわかります。

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2日半くらい前駆陣痛が続き、そのあと本格的な陣痛と思われる痛みを5時間くらい我慢しましたが、間隔が10分以内で安定せず、とりあえず産院に電話して診察をしてもらうことに。

朝6時半ころに産院に着いて助産師さんに診察してもらったところ、少しお産が進んでいるのでそのまま入院することになり、モニターをつけて安静にしていました。

すると間もなく助産師さんや看護師さんたちがバタバタし始め、陣痛が起きているときに赤ちゃんが苦しがっているから大きく深呼吸をして酸素を送ってあげるよう指示されました。

とにかく言われる通りに、痛い時こそ深呼吸を意識していましたが、すぐに部屋を移され、気が付いたら主治医まで来ていて、このままでは赤ちゃんが陣痛に耐えられそうにないからすぐに出してあげたいと言われました。

まさかこんな大ごとになるとは思ってもいなかったので、いまいち事態をよく呑み込めないまま、スタッフさんたちが夫に緊急帝王切開の説明をしているのをどこか他人事のように聞いていましたが、とにかく赤ちゃんが苦しんでいるということで、何でもいいから無事に生まれてほしいということだけ願っていました。

そうこうしているうちにも陣痛がどんどん間隔が狭まって痛みも増してきて、痛いし不安だし恐いしで動転したまま迎えた人生初手術。

部分麻酔なので意識はありました。

痛みは全くありませんが、お腹を引っ張られたり押されたりする感覚はあり、しばらくして「頭が出ましたよー」と言われ、さらにもうしばらくぎゅうぎゅう押され、「おめでとうございます!」という声とともに、小さめの声で「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ」と3回くらい泣く声が聞こえました。

その瞬間、安心と感動でしょうか、涙が自然とあふれてきました。

無事に生まれてくれて、本当に良かった。

終わってから冷静になって考えてみて、もう少し陣痛を家で我慢して産院に行くのが遅くなってたらもしかしたら危なかったかもしれないと思うととても怖くなりました。

そして、瞬時の判断で元気な赤ちゃんを出産させてくれた先生や助産師さん、看護師さんに、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

手術後2日ぐらいは麻酔が切れてからものすごく傷が痛かったですが、だんだん痛みどめで痛みは治まってきました。

そして、7日間の入院生活。

痛いのはありますが、初めての子育てがすぐにスタートし、痛いとかそれどころではありません。

というか、赤ちゃんに母乳をあげたりオムツを替えたり抱っこしたりしていると、痛みをあまり感じませんでした。

赤ちゃんのアドレナリン効果はすごいです。

そして、母として全てが初めてでしたが、産院の助産師さんたちが1つ1つ丁寧に教えてくれたり、不安に思ったことには親身になってつきっきりでアドバイスをくれたりして、本当にありがたかったです。

TMGの職員だからというわけではなく、アットホームな感じで本当に戸田中央産院で出産してよかったと思いました。

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天むすみたいに小さくまとめられると安心してよく眠るそうです。

そして誕生から7日目、退院とともに実家に里帰りし、お七夜のお祝いと命名式を行いました。

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名前は「航汰」です。

人生の荒波も乗り越えていける、明るく元気で強い子に育ってほしいという願いを込めました。

入院中からそうでしたが、航汰は本当によくおっぱいとミルクを飲みます。

生後10日たった今、すでに頬やアゴのあたりが誕生直後よりぷっくらしてきました。

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そして、親バカですが、目を開けておちょぼ口をしているところや、

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怪獣みたいな声で「ア゛ー」と泣く泣き声や泣き顔もとってもかわいいです。

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これからどんな男の子になっていくのか、成長がとても楽しみです。

新しい家族の仲間を大切に育てていきたいと思います。

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Profile

熊倉美咲
熊倉 美咲 (くまくら みさき)
所属:
一般社団法人TMG本部
生年月日:1983年3月29日
血液型:A型
出身地:埼玉県桶川市
出身校:早稲田大学卒
信念:
諦めたらそこで終わり。
今、その時の自分の最大限の力で頑張り続ければ、きっといつか必ずうまく行く時が来る。