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昨日の夜中、布団の中でたまらず綴った文章です。

 
 
 
昨日、ばあちゃんが亡くなった。
 
この事実を考えないようにしてれば全然大丈夫なのだけど、一人の時とか、特に寝る時とか、ばあちゃんが元気だった時にいろいろ私にしてくれたこととか私に言ってくれたこととかを思い出してしまうと、涙が止まらなくなる。
 
昨日の仕事中に母からのメールで知り、それから仕事中も、ばあちゃん家に行くまでの電車の中でも、溢れてきてしまう涙をこらえるのが大変だった。
 
ばあちゃん家に着いたら、母も母の兄弟もあまり暗い雰囲気ではなく、ばあちゃんは最期まで家族に大事にされて苦しまずに安らかに亡くなって、こんな幸せなことはないと、よかったよかったという感じだった。
 
そして、ばあちゃんの仲良かった近所のお友達のおばあちゃんがちょうど三日前に亡くなったから、そのお友達が連れていったんだ、とか、やっとおじいさんのとこに行けて、今きっと幸せだろう、とか、そういう話を聞いて、私も「ばあちゃんは幸せなんだ」と言い聞かせてやっと気持ちに折り合いをつけることができ、そのあとみんなでばあちゃんの昔のアルバムなんかを見ながらワイワイと話をして戸田に帰ってきたので、もう大丈夫だと自分でも思っていました。
 
でも、ばあちゃんのことを思い出すとやっぱりだめです。
 
何が一番嫌かって、私は亡くなったばあちゃんの体が焼かれて灰になってしまうことが最も嫌いです。
 
今はまだ冷たくなってしまったとはいえ、ばあちゃんはそこに存在している。
 
元気にそこに存在していたはずのばあちゃんの体が、跡形も無くなってしまうのです。
私には、その現実を受け止めるのが、あまりにも辛すぎます。
そのことを考えると、本当に涙が止まらなくなります。
来週、その時がきてしまうのが、本当に怖いです。
いつまでも焼かずにそのまま寝かせておいてほしい。
 
これまでももう何ヵ月間も呼び掛けてもほとんど反応がない状態だったので、もちろん覚悟はしていました。
でも、まだばあちゃんが息をしている間は、昔の元気だった頃のことを思い返しても、悲しくは思っても決して涙は出てくることはなかった。
なのに、命が消えてしまった途端、こんなにも涙が出てくる。
なんなのかよくわからないけど、命はやっぱり尊いものなんだと思います。
 
ばあちゃんはあと1ヶ月で94歳という大往生だった。
いつの間にか、もうそんな歳になっていた。
つい最近まで、まだ黒髪で、よろよろ自転車に乗って家に来てくれてた気がするのに、考えてみればそれからもう15年か20年くらい?は経ってるんだ。
 
だから歳をとるのが怖い。
自分が歳をとるのが怖いわけではなく、私が歳をとるということは、周りの大切な人も同じだけ歳をとっているということ。
自分の人生にばかり夢中になっていると、ふと気がついた時には後戻りができないくらい時が経っている。
 
だから、1日一日を大切に生きなければならない。
 
 
 
とにかく悲しいけれど、ただこれだけは言えるのは、ばあちゃんはやっと長い苦しみから解放されて、今は天国でじいちゃんや仲のいい人たちと幸せな時を送っているはずだということ。
 
 
 

…寝ながら泣くと、鼻が詰まって大変苦しいです。
 
 
さて、これは、ばあちゃん家で昔のアルバムを見ていた時に久しぶりに見つけた写真。
久しぶりに、というのは、実家のアルバムでも同じ写真を見たことがあったから。
 
  
 
真ん中で私を抱っこしているのが今回亡くなったばあちゃん。
一番左は、私が中学二年生の時に亡くなったばあちゃん。
私が生まれて初めて、人の死というものを肌で深く実感した時でした。
この写真、大事にしようと思います。
 
 
そしてこれは、置物みたいな弟。
頭デカ過ぎ。
何度見ても微笑ましい気持ちにしてくれる写真です。
 

 

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ご祖母様のご冥福をお祈りします。
美咲さんが持って帰るメダルをご覧になる度に幸せを実感なさっておられたんだと存じます。
天国から更なるご活躍を見守って下さる事でしょう。
(facebook/Mickey Nakamura)

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Profile

熊倉美咲
熊倉 美咲 (くまくら みさき)
所属:
一般社団法人TMG本部
生年月日:1983年3月29日
血液型:A型
出身地:埼玉県桶川市
出身校:早稲田大学卒
信念:
諦めたらそこで終わり。
今、その時の自分の最大限の力で頑張り続ければ、きっといつか必ずうまく行く時が来る。