2012年1月アーカイブ

星乃珈琲店

| コメント(3)
いつだったか、だいぶ前に一度ご紹介した、蕨にある星乃珈琲店。
コメダ珈琲店のパクりじゃないかと一度疑ってしまった星乃珈琲店。ゴメンナサイ。

来月の認定試験の勉強をするため、冷たい強風吹き荒れる中、ノコノコ自転車こいで久しぶりにやって来ました。

さあさあ、大好きなホシノワールを注文しようかとメニューを開いたらところ…

なんと!!
ホシノワールがメニューから完全に消えているΣ( ̄□ ̄)!
楽しみにして来たのに…

替わりにメニューを占めていた釜焼きスフレパンケーキなるもの。

これはこれでめちゃまいうー(≧▽≦)
味は、あのホシノワールの香ばしさが残ってて、シロップも、メープル・ハチミツ・珈琲シロップから選べるし、ソフトクリームやチョコレートソースやジャムや小倉などトッピングのバリエーションも豊富に♪

けど私はシンプルに何も載せずに健康的なハチミツで。
パンケーキダブルだけど( ̄ー+ ̄)

いやいや、勉強もハカドリマスわ〜

やっぱりボート

| コメント(0)

今はボートもオフシーズンというのもあるからか、最近めっきりボートから遠ざかっていました。

で、久しぶりにとある施設のH事務長さんに偶然出くわし、軽くお茶にお誘いいただきました。
『くまちゃ~ん、たまにはお茶してってよ~』

シーズンの間中、いつも伴チャリをして応援してくれていた事務長どのです。

そこでいきなり、おととしの全日本選手権のテレビ放映されたのの録画を見させられました。

戸田中RCの男子舵手なしフォアが優勝した時のですが、見せられたのは男子エイトの決勝でした。

やっぱり、私はボートが大好きでした。

出場者たちがみんな知ってる人だというのもあるけれど、彼らが真剣に頑張っているのを見て感動したし興奮したし、久しぶりになんか自分の目が輝いているのがわかりました。

そして、ボート部は次のレースはいつなんだと言われたので、4月最初のお花見レガッタですと答えると、でもくまちゃんは出ないんだよね~ 出ればいいじゃ~ん と言われました。

素直に、嬉しかったです。

ボートに全然携わったことのなかった事務長さんが、私がボート辞めるまでの2年間くらいの間、毎回レースのたびに応援メールをくださり、伴チャリで応援に来てくれて、私が辞めた後もまだボート部のことを気にしてくれていて、応援してくれている。

自分でいうのもちょっと恐縮ですが、たぶんH事務長は純粋にボート選手の私の熱心なファンでいてくれたんだと思うんです。
そういう方に、私の引退を惜しんでもらえたのは、引退してしばらくたった今ではとても嬉しく感じました。
とてもありがたいです。

ボート頑張ってきてよかったな~と思う瞬間です。

私もまたレースが見れるシーズンインが楽しみになりました。

夢を与える

| コメント(0)
私の母の友達の娘さんの仲良しの友達で、早稲田の同期で、最年少芥川賞作家の綿矢りさちゃん。
彼女の作品はほとんど読んでいます。
同世代だからか、他の本よりも共感できる部分がたくさんある。
直に挨拶して一緒に写真も撮った仲だからか、勝手になんか親近感を感じていて、読んでいくうちに私の中で彼女の本の主人公がいつの間にかりさちゃん(←勝手に呼ばさせてもらってます)に置き換わっていて、その主人公の思ってることや話すことなんかがりさちゃんが考えてることなんだと勝手に思い、あぁ、あのかわいいりさちゃんもこんなこと考えてるんだなぁ、とか、私とおんなじこと考えてるんだ!とか思って、なんていうのかなぁ、なんか安心するというか、自分だけじゃないんだって嬉しくなるというか、りさちゃんの本は他の本と何かが私にとっては違うのです。
意味わかりますでしょうか?
頭の中の混沌としたものを文章として表すのはなかなか難しいです。

今回久しぶりにりさちゃんの本を読もうと思ったきっかけは、確かもう1ヶ月以上前だった気がしますが、朝日新聞の1ページの1画に、りさちゃんが子供たちに小説の書き方を教える特別教室みたいなのを開いて、りさちゃんが子供たちに書き方を教えてる様子や、子供たちの奇想天外な発想に喜んでいるような記事があって、それを読んだことでした。
りさちゃんも頑張ってるんだなぁ。。と私も元気づけられ、お手紙でも書いてみようかな〜と思い、そのために新しい本を読んでみようと思ったのです。

一気に2冊、「かわいそうだね?」と「夢を与える」を買って読んで、そのうちの1冊、「夢を与える」に、特にものすごく共感できる部分がありました。
タイトルからして、本を読む前からなんとなく自分に共通してる部分があるんじゃないかと思っていましたが、やっぱりでした。

内容をちょうザックリ言うと、日本人の母と、フランス人と日本人のハーフの父との間に産まれた夕子が、チャイルドモデルとして芸能界デビューし、中学生から高校生くらいで一気にブレイクするが、初めての恋愛や友達との遊びに溺れ、スター人生が崩壊してしまう、というような話。

共感部分。
インタビューをたくさん受けるようになり、将来どんな風になりたいかという質問にいつも詰まってしまう夕子に、マネージャーが「見ている人に夢を与えられる人間になりたいと答えればいい」とアドバイスし、夕子はそれ以来同じ質問をされるといつも「夢を与える人になりたいです」と答えるようになった。
だけど、もう少し成長した時、この言葉に違和感を感じ始める。
「"夢を与える"この言葉ってきたならしくない?」
「たとえば農業をやるつもりの人が"私は人々に米を与える仕事がしたいです"って言う?」
「"与える"っていう言葉が決定的におかしいんだと思う。お米は無理で夢だけが堂々と"与える"なんて高飛車な言い方が許されてるなんて、どこかおかしい。」

よくスポーツの試合前の挨拶で使われる言葉、
「応援してくれる皆様に感動を与えられるようなプレーができるよう頑張ります」
私もたぶん昔は言ってたんだと思う。
でもいつの頃からか、「感動を与える」という言葉を言いたくなくなった。
だって、感動はプレーヤーが意思をもって与えられるものじゃない。
見ている人が感じてくれるかどうか。ただそれだけ。
むしろ、物の方が与えることはできる。
夢や感動や希望や元気や勇気といったものは、与えようと思って与えられるものじゃない。
だから私は、応援してくださる皆様に喜んでいただけるような、とか、元気になってもらえるような、というような言い方をしていた。はず。
時々「職員の皆様や患者様に元気を与える」って言ってしまったこともあった気もしますが……(p_-)

でも、夕子のこの言葉に対し、ヘアメイクさんは「そんなことない、限られた人にしか言えない、最高の言葉よ」と言う。
『限られた人にしか言えない』
『限られた人にしかできない』
私もよく言われたなぁ。

ちょっと爆弾発言かもしれませんが…

「限られた人にしかできないんだから、だから頑張れ」
これって、場合によってはものすごく無責任な言葉だと思う。
限られた人になれない人は、その限られた人がどれほどの苦しみを味わっているのかわかりもしないのに、勝手にその人に自分の夢を押し付けてる。
そう言われた「限られた人」が、何も言えなくなってしまうのをいいことに。

あ、「場合によっては」というのは、その言葉が本当に当人を奮い立たせる場合もあると思うので、という意味です。


そうして夕子が、超プライベートの部分の映像を流出させられてしまって、芸能界で生きていくことがほぼ絶望的になってしまった時。
夕子は長年見つけられなかった真理を、今見つけた。

自分の人生を生きたことで多くの人を裏切った。
夢を与えるとは、他人の夢であり続けることなのだ。
だから夢を与える側は夢を見てはいけない。
恋をして夢を見た夕子は初めて自分の人生をむさぼり、テレビの向こう側の人たちと12年間繋ぎ続けてきた信頼の手を離してしまった。
一度離したその手は、もう二度と戻ってこないだろう。


そうだったんだ。
夢を与えられる人は、その分何かを我慢しなければならない。
その他の人と同じだったら、その人に輝きなんか感じられない。

私もオリンピックの時は、プライベートはほぼ我慢して、いろんなことを節制してトレーニングに打ち込み続けた。
当時日記に、オリンピックが終わったらアレが食べたい、あそこに行きたい、あんなことしたい、オリンピックが終わるまでの辛抱だ、終わったら絶対欲望のままに好きなことしてやる、ってよく書いてたのを思い出しました。
それに職場でも、お前は広告塔だから、と最初に言われてから、ずっとそれを意識してきた。
いろんなお客様に紹介していただく度に、笑顔で頑張りますといい続けた。
どんな心理状態であっても。
だから、スランプに陥って周囲の期待に応えられなくなった時、本当に苦しかった。
今の状態じゃ勝てるわけないと自分ではわかっているのに、表面では笑顔で優勝目指して頑張りますと言わなければならなかったから。

だから、引退したらしばらくは、自分の人生を自分のためにおもいっきり楽しみたいと思っていた。
せめて今までひとの夢でいた分を埋めるくらいの間は。
でも、私はもうそこから解放されたはずなのに、ほんの時々、まだひとの夢であることを求められることがある。
それは、引退した後もまだファンでいてくれてるということでとてもありがたいことであるのはわかっているのだけど、正直やっぱり今しばらくは私自身だけでいたい。

ここまで自分を本の主人公と同化させてしまったのは初めてだったかもしれません。
でも、私のこんな気持ちをよく理解してくださっている人ももちろんいる。
そんな私はやっぱり幸せ者なんだと思います。

すみません、長い長い読書感想文でした。

笑顔の教室2回目

| コメント(0)

ちょうど1か月前ですが、笑顔の教室くまちゃん先生第2回を行ってきました。

場所は、茨城県の最南端、利根川と海に挟まれた神栖市の波崎東小学校。

ここは震災当初は避難所となっていましたが被害はほとんど受けなかったそうです。

が、なんと来年閉校になってしまうようで。。。

生徒さんたちにとっては何をやるにも今年が最後。

でも、あまり悲観的になるわけではなく、みんなとっても元気でした。

 

最初の遊びの時間。

みんなで手をつないで元気に走り回ったり・・・

輪になって、ミッションを成功させるためにみんなで意見を出し合って作戦を立てたり・・・

私も夢中になって走りすぎて勢いをセーブできず、背の小さな男の子に思いっきり体当たりして抱きしめてしまったことがありました。
あの時は本当に怖い思いをさせてしまっただろうなぁ…

でも、最初のゲームでは、みんなが一丸となって一人の子を鬼から守るという作戦が提案され、みんなで一生懸命守って、ミッションクリアできたときは本当に嬉しかったですね~

 

ゲームの後は、教室で授業。

いつもの通り、くまちゃん先生の人生をお話しします。

浪人やら体重制限やら、見たくない単語が並んでいますね~

一通り話し終わった後は、みんなが宝物シートに記入。
好きなこと、得意なこと、これからやってみたいこと、将来の夢、などを記入します。

ここが、各学校によって特色があって面白いんですね~

どの学校にも、こちらがほんとに感心するくらい将来のビジョンをしっかりと見据えている子が何人かはいて、私もいつも元気をもらうんですね~

自然と笑顔になります。

最後に仲良くなったみんなで記念写真。

そしてこの日はこれで終わり・・・

 

1か月後の先日、やっとこの時の宝物シートが私の手元に届きました!

暗くてすみません。

ちなみに裏はこんな感じ・・・

くまちゃん先生の写真入りです。

そして昨日、おいしそうなお夕飯をいただきながら、この宝物シート一枚一枚に、私からのメッセージとサインを記入し始めました。

1人1人の思いが詰まったこのシートを読んでいると、これから待っている未来への限りない可能性を感じて、自分のことのようにワクワクしてきます。

私も、彼らの希望ある未来に一役かえるよう、真剣に想いを書き込んでいきます。

波崎東小のみなさん、もう少し待っててね~

白菜の餡かけ丼

| コメント(0)

最近毎日仕事の帰りが遅かったので、さすがにたまには早く帰りたいと思い、今日は朝から早く帰ると決めていました。

なぜなら、白菜のあんかけ丼を作りたかったからです。

朝テレビでやっているのを見て、すごく食べたくなったのです。
簡単そうだったし。

そして見事目標達成で、6時過ぎには帰れることに。

帰りにスーパーに買い物に行って材料をそろえようと思いましたが…

今日のスーパーは一人暮らしのお姉さんに優しくなかった。
野菜のバラ売りがない。

玉ねぎ4個もいらないしー、にんじん4本もいらないしー

でも、他の店へはしごする気力もなく妥協しました。
何日も同じようなご飯が続きそう。。。

で、材料が多いもんだから(←言い訳)、ついつい野菜をたくさん切り過ぎてしまい…

これ↓

さて質問。これは何人分でしょう?
※注。フライパンは小さいものではなくごく一般的な大きさです。

まぁなにはともあれ、ほかほかご飯に盛ることに…

色がちょっとアレですけど…

これは、豆乳です。

普通のあんかけじゃちょっと物足らなそうだなーと思い、大好きな豆乳鍋をイメージして、材料も味付けも鍋と似たようなものだからきっといけるはずと信じてアレンジしてみたのです。

すると、なんとまぁ。これが大成功でしたわけです。

豆乳でコクのあるまろやかな味の中に、ピリリと何かがスパイシー。

味見の段階で、自分でも何だろうこれは?って思ってしまったのですが。

だって調味料は、醤油とみりんと酒だけなので、何もスパイシーなものないし。

で、食べて気付きました。
大量に入れた生姜のみじん切りでした。

小さ過ぎて見えなかったので、存在をすっかり忘れていました。

いやーそれにしてもうまかったー。

しかも、まだまだある♪

とりあえず明日のお昼は久しぶりにお弁当持参で決まりですねー♪

そして、食が満たされた後は…

プール行ってきます!!

小さな贅沢、幸せですね~

朝、テレビを流しながら準備をしていたところ、このニュースが…
dailynews.yahoo.co.jp/fc/sports/keirin_kyotei_autorace/

思わず手を止めてしまいました。

オートレーサーの坂井宏朱さん。
まだ27歳。

OLからオートレーサーに転身。
女性レーサーの誕生は44年ぶりだったそうで。

私は全然今までオートレースなんて見たことなかったのに、なぜこんなに衝撃を受けているかというと。

以前、テレビで見たのです。

彼女と、もう一人同期の女性のレーサー佐藤摩弥さんがクローズアップされ、約50倍の難関とされるオート選手養成所の入校試験に合格し、その養成所で厳しすぎる鍛錬を積み、デビューするまでのドキュメンタリーでした。

長かった髪もベリーショートにし、持込み検査で化粧品も捨てさせられ、他の男性と全く同じように生活し、訓練していました。

教官からものずごい罵声も浴びせられ、私には絶対に耐えられない、ということばかりでした。

それでもレーサーとしてデビューするために本当に必死に頑張っている姿を見て、心の中で私も応援していました。

だから、スポーツ新聞とかで彼女たちの写真を見ると、ひそかに嬉しかったのです。

だから、今回のことは、本当にショックでした。

こういう危険な職業を選んだ以上、いつかこういうことが起こるかもしれないことは、たぶん覚悟済みではあったと思います。

が、まだ2年目で、これからって時です。

あんなに苦労して、その苦労が報われたとたん、その喜びをかみしめる間もほとんどなく終わってしまった。

やりきれない気持ちでいっぱいです。

彼女も相当悔しがっていると思いますが、ご冥福をお祈りすることしかできません。

泳いできました

| コメント(0)

前回書いた上級コーチの講習会でトライアスロンの方の講義を聞き、水泳の話を聞いていた時に、突然水泳ダイエットを思いついた私。
ランニングは脚に余計に筋肉が付いてしまうんじゃないかという不安があったので、水泳なら全身運動だし水の中だからそんなに筋肉は付かないんじゃないか、脂肪も筋肉も落とせるんじゃないか、という安易な発想です。なんの根拠もありません。私の勝手な想像です。

思い立ったが吉日。
 
おととい、ジェクサー・フィットネスクラブ戸田公園のプール会員に登録(←今ジェクサー、福袋キャンペーンとかで、ものすごいお得に会員登録できますょ)。
 
昨日、水着、ゴーグル、キャップの泳ぐ3点セットを買い揃える。
 
そして今日、ついに実践。
 
泳ぐの、実に6年ぶりです。
大学4年の時に1年間授業をとっていた以来です。
ものすごく久しぶりに泳げるとあって、今日はお昼頃からずっとなんとなくウキウキしていたのですが…
 
そこはやはり6年ぶり。
普通に泳げるけど体が重い。
クロールで軽く50m泳いだだけでもちょっと息が上がってしまう。
 
まぁ焦らない焦らないと言い聞かせ、最初にウォームアップで2~300mくらい泳いでみたが、そこで気づいたこと。
 
私、腕ばっかり使っている。
 
こんなんじゃ、ますます上半身に筋肉が付いてしまう!とすばやく危険を察知し、ビート板を使ってしばらくキックをすることに。
 
しかし、バタ足が全然進んでいる気がしない。
試しにドルフィンキックで同じ25mのタイムを計ってみたところ、バタ足よりも速い。
やっぱり私はバタフライの選手だったんだなぁと改めて実感。
 
ま、ビート板があれば息は辛くならないので、しばらくバタ足とドルフィンキックを交互に泳ぎ続ける。
 
そうしてからクロールでもう一度で泳いでみたところ…
 
さっきより軽い!!
 
やっぱり最初は脚が使えていなかったんですね。
 
で、またしばらく泳いで疲れてきたら、ビート板持ってキック。
 
その後に、プルブイといって太ももの間に挟むもの(素材はビート板と同じで浮く)を使って、上半身だけでしばらく泳ぐ。
上半身だけでも50mのタイムが脚を使う場合と5秒くらいしか違わない。
やっぱり私は上半身が強いから、上半身ばっかり使っちゃう泳ぎになっちゃうんでしょうね。
まぁ、専門種目がバタフライ(←上半身が主)だったんだから仕方ないね。
 
そうした後にまたビート板使って腕を休め、最後にもう一度全身を使ってクロールで。
この頃はもう、50mを1分サークルで10本くらいは余裕で泳げるようになっていました。
 
でも、現役スイマーだった中学3年生の頃は、50mを20~30本を45秒~50秒サークルでダイエットメニューをやっていた。
そのうちそのレベルまでいけるくらいまでがんばるぞー。
 
でも、あくまで筋肉は付かないように注意。あくまで脂肪を落とし、筋肉をつけないことが目標です。
というのも、ちゃんと理由があるんです。
 
Facebookにはもう書いたけど…
 
登録した日、身体組成を測るインボディという優れた機械で全身を測定したところ、BMIがすごく高く、でも体脂肪率は平均よりちょっと下、あなたの体質は筋肉質です。って言われたんです。
除脂肪体重だけで52キロもあったんです。
52キロって、私の身長から言ったら理想的な女子体重でしょう。
はぁ。普通の女子になれる日は遠そうです。
 
ま、しかし、時間にして70分くらい、距離にして3km弱はほとんど休まずに泳ぎ続けました。
3km弱のだいたいの内訳は、ビート板キック約1km、プルブイで上半身500m、スイム(クロール)で約1.3kmくらい。
6年ぶりの初日としては、まぁ十分でしょう。
 
ところで、今日早速うちのソフト部の子に3人会いました。
聞くところによると、週に4回はジェクサーに行くことが義務付けられているとか。
これはきっと、私が行く時は毎回誰かしらには会いそうですね~
でもそれが楽しみだったりもします♪
 
さーがんばるぞー

ボート協会の仕事をして

| コメント(0)

先日の連休のまず8日(日)、西が丘にある味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)でJOC地域タレント研修会というものが行われており、日曜日の17時から19時では競技チャレンジプログラムというのがあって、そこで子供たちにエルゴを指導する仕事があるということなので、指示に従い朝9時集合でNTCへ。

最初にエルゴを運ぶため、3階のバレーボール体育館へ。

まだだーれもいなくて、ものっすごいだだっぴろさを感じました。
3階といっても、階段で1つ下の2階に下りるのに、数えたら普通の4階分くらいありました。

あれ?ラグビー・・・?

そう、これからここでタグラグビー教室が行われるそうで。
私たちはよくわかりませんがそれを眺めていることに。

みんなさすが才能あふれる子供たちなだけあって、動きがとっても俊敏でした。特に左右の動きが。

ところで、この教室の指導者のこの方…↓

たぶん、早稲田のスポーツ科学科の同期ですね。
話したことはたぶんないけれど、授業でよく顔を合わせていた気がします。
卒業して何年かして、こうして同期が様々な分野で活躍しているのをみるのは嬉しいですね。元気もらえます。

そうしてタグラグビー終了後、お昼。

NTC内にあるさくらダイニング。

国立スポーツ科学センター(JISS)の方もそうですが、ご飯はすごいんです。
基本的にはバイキングなのですが、主菜、副菜、主食、それぞれでメニューが4パターンくらいあって、それぞれにカロリーや栄養素などが細かく書いてあり、減量したい人、増量したい人、人それぞれ自分に合ったものをバランスよく選択できるようになっているのです。
食育ですね。

私はここで合宿中は常に減量に迫られていたので、ここで思いっきり好きなものを好きなだけ食べた経験はありませんでした。
だから、この時こそはと思いっきり食べたいものをたくさん食べました。
幸せでした。

ここへ久しぶりに来て思ったことは、以前合宿中にも感じたことですが、やっぱりみんな挨拶がきちっとできるんです。
どんな年齢の人も、お互い知らない人でも、すれ違うたびに「こんにちは」という声が飛ぶ。
一流のスポーツマンは、やっぱり中身も一流なんですよね。

それに…

やっぱりアスリートの体型はカッコイイ。。。

 

そんなことで午後。

子供たちはユースオリンピック冬季結団式の様子を映像で見ています。

将来ここに出たい人ー?とスタッフさんが聞いていました。

そしてその前後のちょっとした10数分間、同じフロアにあるエルゴに興味を持った子供たちが群がりました。

やっぱりパワーある子、いました。
ぜひボートにほしいですね~

でも、次にコントロールテストなるものが控えているので、みんな軽くやっただけで次の会場へ。
私たちもコントロールテストを見学するために次の会場へ。

↑反復横跳びの様子。

ここに各種目の協会の人?が集まって、自分の種目の適正にあっているかどうかを判断するのです。

私たちもボートの適正がある子がいるか評価しなければならないとのことでしたが、ボートはこんなテストで適正なんてわかるはずがありません。
何がボートの適正なのかもわからないし。

ま、唯一関係があるかなぁというシャトルランで持久力&根性のある子を◎評価にしてきました。

そしていよいよ競技チャレンジプログラム・・・

ということなのですが、プログラムの一覧を見ても、どこにもボートの文字がありません。

そして、嫌な予感の通り、、、
誰もエルゴをやりに来てはくれませんでした。
何か情報が間違っちゃったんでしょうねぇ。

ま、ある意味貴重なものが見れたということで自身を納得させました。

 

そうして次の日の成人の日。

この日は朝からボートコースの事務所で上級コーチの講習会が行われており、午前中の授業の講師の方がとっても話が面白い人だからぜひ聞きに来た方がいい、と大お勧めされたので、行ってみることに。

最初はバスケ界のトップのコーチの人で、早稲田の大先輩でもありました。
大先輩といってもまだ若い方ですが。

この講義は、世界で活躍するためにはというような話で、確かに先生のお話も大変意義深く面白い話でしたが、それ以上に…

この講習会に参加している方々がそうそうたるメンバーで、今のボート界のほとんどのトップコーチが集まってしまっているのではないかというほどのそうそうたるメンバーで、その方々が、今の日本のボート界が世界でメダルを取るために足りないものは何か、ということについて意見を出し合う時間があり、それを聞いているのがものすごく意義深い時間となりました。

みんなものすごく熱い意見を出し合って、この人たちが本当に一丸となって行動を起こしたら、ものすごいことができるんじゃないかというエネルギーを感じました。

日本だって、オリンピックでメダルを取ることは決して不可能ではない。

そのためには、限られた人だけではなく、ボート界全体が一つのベクトルに向かって本気で取り組まなければならない。

私は後ろで聞いていただけですが、この方々の仲間でいたいなぁと思いました。

つい最近までボートから離れてしばらく休みたいって言ってたのに、私は雰囲気に流されやすいんだなぁとつくづく自分の性格にも気付かされました。
・・・でも、やっぱりもう少し休みますけどね。

至福のお鍋

| コメント(0)

タイトルにもありますが、要はコタツでお鍋という至福の時を味わったのです。

↓作った至福のお鍋。

事の発端は、昨日だか一昨日だかに職場で配布された健保だより。
裏表紙に「冬野菜とカキのもち鍋」のレシピ。

おいしそうだし簡単そうなので作ろうかなーと思っていたところ、斜め前の席の黄門さまが、「私はねぇ!この3連休のどこかではこの鍋を作るよ!」とおっしゃい出したので、私もつい「私もこのお鍋作ろうと思ってたんですよ!!」と口をついて出てしまい・・・
すると黄門さま、「じゃあ休み明けに感想を教えてくれよ!」

あぁ、これは絶対に作らなければ・・・・・・

 

で、今日の仕事帰りにベルクスに材料を買いに行ったところ、バカでかい活ほっき貝なるものが目に飛び込んできて。
ちょっと触るとあのちょっと飛び出した部分が引っ込んだりしてパックの中で生きてるんです。
興味津々ではありますが、生きている貝をどうさばいたらよいのか全く分からず、とりあえずその場で父に電話して聞いたところ、まぁわかったようなわからないような・・・。
ま、とりあえず買ってきました。

家にて。

私の握りこぶしと同じ大きさです。

前に大きな帆立貝をいただいて、その貝を手で開こうとしたところ帆立貝さんの閉めようとする力があまりにも強過ぎて、無理やり開こうとしたら貝が割れてちょっと手を怪我したトラウマがあったので、その反省を活かしてホタテ開く時に付いていたもんじゃのヘラの大きいのみたいのをちゃんと使うことに。

でも、それを貝の隙間に差し込んだところ、また思いっきり閉じられました。
そうだよね、だって生きてるんだもん。痛いよね。

そして、ホタテは生きていても外には中身は出てきませんでしたが、このほっき貝さんはちょっとグロテスクな体を外に出してきていたので、もうなんて言うか、それ以上へらを突っ込んだら中身が襲ってくるんじゃないかとか、そういう映像が頭に浮かんできてしまって、怖くなって貝に触れなくなってしまって、もしかして海水で生きてるから真水に入れたら自然に死んでくれるんじゃないかとか思ってお椀に水を入れて浸けてみたりしたのですが、いやたぶんそんなこともないよな、とか自分でツッコミを入れて、どうしようもなくなってまた父に電話で助けを求めたところ、まあなんとかしてトンカチみたいのでも使って貝を割るしかないんじゃないかと言われ、そんなことも怖くてできないからその日はもう諦めようかとも思ったのですが(←要するに軽くパニック)、でもそんなわけにもいかないと思い直して、勇気を出してもう一度へらを挿してこじ開けることに。

その後もほっき貝さんはものすごい力で貝殻を閉め続けてどこにもへらを挿しこむ隙間がなく、しばらくぐるぐる回しながら挿しこみ所を探していると、時々中身が見えたり動いたりして、そのたびにうわっとか声をあげながら、びくびくしながら格闘していると、そのうちほっき貝さんも疲れてきたのかちょっと力が弱まった気が。
そこへ思いきってグサッと挿しこみ、中でがしゃがしゃと横に動かしてみて。
その間、心の中ではずっと、ごめんよ、痛いよね、ごめんよ、許して、と叫んでいました。
なんかつい自分の体に置き換えてしまって、生き物の命を絶つという感触はこんなにも嫌なものなのか、と心底思いました。

でも仕方がないので、片方の貝殻にくっついている部分をはがそうというイメージでかき回し続けてみたところ、ちょっとしたら貝殻が半開きに。

あぁ、本当にごめんなさい、と言いつつ、恐る恐る開いてみると…

あぁグロテスク・・・

中身を取り出して見ても・・・

やはりグロテスク…

父によると、内臓の部分だけとれば後は食べれるというので、きっとこれだろう!と思って茶色っぽい部分を取り除くと、中の方にまた茶色っぽい黒っぽい部分が。
あ、しまった、こっちだったか、とか言いながら内臓と思った部分を取り除いていくと、なんかあまり残りませんでした。
たぶん内臓以外のものも取り除いちゃったんでしょうね。

そうして残った部分を水洗いして小さく切ると、なんとなくよく見るようなほっき貝に。

右上に二つ並んでいる小皿の左のがほっき貝です。右はおもち。

ほっき貝さん、味はとってもおいしかったです。こりこりしてて。
だってついさっきまで生きてたんだもんね。。。

ここまで来るのにかなりの勇気とエネルギーを要しました。
もともとお寿司屋さんで食べるほっきは大好きなんです。
でも、生きてるほっきはもう二度と自分では買わないと心に誓いました。

 

そして、いよいよやっとお鍋。
具材は、白菜・春菊・えのき・しめじ・牛蒡・ねぎ・鱈・牡蠣・もち。

コタツに鍋セットを運んでぐつぐつ。

レシピに載っていたセリを春菊に変更し、えのきを追加しました。好みで。

いよいよ・・・

まぁおいしそう!

もちろんまいうーでした。

このお鍋、「蒸す・煮る・焼ける!!ミニサイズでラクラク調理 ポットデュオ」というもので、前に一度めんたい餅チーズもんじゃを作った時にも一度登場している優れモノ。
こんな出番を見越して何年も前から買っておいたのです。
さぁ、これから出番が増えますよ~(たぶん)

2011ー2012

| コメント(0)
明けましておめでとうございます。
昨年は皆様にはいろいろと大変お世話になりました。
また今年も引き続き、何卒よろしくお願い申し上げます\(^-^*)


さてさて、わたくしの年末年始。

31日のお昼に、戸田から桶川まで1時間43分かけて自転車で帰省。
風が強くて途中萎えそうになりながらも、そこは6段階ギアのクロスバイク。
ギアを駆使し、気合いの立ちこぎなんかも入れて、汗だくになりながら実家着。

年越し蕎麦食べて紅白視ながら寝て年越し。

お正月は、お昼に起きてお雑煮食べて、家族でボーリング特訓、夕飯にめんたいもちチーズもんじゃのようなものを食べて寝て、2日、お昼近くに起きて、箱根駅伝見ながらお餅食べて、カラオケ行ってご飯食べて寝て、3日、一応午前中のうちに起きて、箱根駅伝見ながらお雑煮食べて、駅伝終わったらWiiのダンスなんとかっていうので1時間以上踊り続けて汗だくになって、着替えてばあちゃん家に行って、夕飯食べて、また自転車で、今度はちょうど1時間40分で戸田の家に帰宅。
こんなんで、あっという間に寝正月は終わりました。


所々解説。

元旦から家族でボーリング特訓。

年末に職場の忘年ボーリング大会があり、わたくしは女子29人中25位という成績を叩き出したのです。
もうちょっといい成績を出したいというのもあったけど、まぁ要するに、2年ぶりにボーリングをやって、ちょっとはまっちゃったのです。

年末は、1ゲーム目70、2ゲーム目77でしたが、元旦は、1ゲーム目82、2ゲーム目128まで成績アップ。
だけど、3ゲーム目は再び72…

父母も、1ゲーム目と2ゲーム目は同じようなものでした。
カエルの子はカエル。


箱根駅伝。

やっぱり母校の早稲田を応援してしまいますが、どのランナーにも一人1人それぞれのドラマがあって、区間新出した選手も、繰り上げスタートでたすきを繋げなかった選手も、何度も転びながらも時間も体力も本当にギリギリでタスキを繋げた選手も、優勝した東洋の選手たちも、4位だった早稲田の選手たちも、10位に入れなかった選手たちも、みんなみんなこの日のために一年間、あるいはもっと何年も前からいろいろな苦難を乗り越えて、いろいろな想いを抱えてこの日を迎えた。
走れなかった選手やサポートしてきた人たちの想いもいれたらもっとたくさんの想いが詰まっている。
そういうのを考え始めちゃうと、ダメですね。
どんどん込み上げてきてしまいます。

でも、東洋の選手たちの優勝インタビューで10人揃った姿を見て、これだけの選手が万全の体調で臨めて力を出し切れる走りができたっていうのは奇跡に近いすごいことだよなぁと、改めて感動しました。
ボートのエイトもそうだなぁと、改めて感動を覚えました。


そんなわけで、今年もよろしくお願いいたします。

Profile

熊倉美咲
熊倉 美咲 (くまくら みさき)
所属:
一般社団法人TMG本部
生年月日:1983年3月29日
血液型:A型
出身地:埼玉県桶川市
出身校:早稲田大学卒
信念:
諦めたらそこで終わり。
今、その時の自分の最大限の力で頑張り続ければ、きっといつか必ずうまく行く時が来る。