小牧・長久手の戦い巡り

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初めにお断りしておきます。今日も長いです。おつきあいください。

今週末の日曜日についにフルマラソンに挑戦します。
が、最近寒さのあまり冬眠モードに入りつつあり、早朝ランニングをずっとさぼっていました。
さすがにちょっとは準備しなきゃマズイなぁと思い、今朝、20kmくらい走ってきました。
家からスタートし、ボートコース3周して家まで帰ってきました。
最後ちょっと歩いて2時間15分もかかってしまいました。しかも、左大腿骨頭の辺りが痛い。最後足上がらない。
こんなんであと倍以上も走れるのかなぁ。不安ですが、やるしかないのです。

そんなんで、ボートコースでは日本代表の最終選考のシートレースが行われていました。
我がチームのエース田立クンも頑張っていました。私が観たシートレースの結果は・・・・・・。
6人でダブルスカルで全通りの組み合わせで1500mのレースをするそうです。きっつ~。。。
1本1本、ものすごいプレッシャーがかかってきます。
その辛さは私はよくわかっています。想像するだけでもイヤです。
今の私には応援することしかできませんが、田立がんばれ!まなみちゃんもガンバレ!!みんな頑張れ!!!

 

さてさて、先日の週末、弾丸名古屋一人ツアーに行ってきました。
土曜日仕事終わって午後3時頃に出発。帰りは日曜日の23:50発の夜行バスに乗って、翌月曜日の早朝5時頃に新宿着、6時頃に家着。8時前には出勤。タフ~。

なぜこのタイミングだったかというと、12月から4年間くらい旦那の仕事の都合でおフランスへ行ってしまうという高校1年生の時の同級生のおうちに遊びに行くにはこのタイミングしかなかったのです。

土曜日はそのお友達のおうちへ直行。会うのは彼女の結婚式以来2年9か月ぶり。

モデルルームのようなすてきなおうちにとってもおいしいお料理、温かいお風呂と温かいお蒲団、さらには朝ごはんまでごちそうになり、最上級の御もてなしをいただいてしまいました。ぷっぷ、ほんとにありがとー!!

そして夜の宴会用には、旦那さまチョイスのたくさんの缶チューハイと、イモ好きな私のために、沖縄に行った時に旦那さまが紅イモ系のお菓子をたくさん用意してくださいました。ジョージさん、ありがとうございました!!

そして、何よりもかわいかったのが、ホフク前進とホフク後進が大得意なそうサマ!!

私が差し上げたリラックマのぬいぐるみをもてあそんでおおはしゃぎのそうサマ。
この大きさですが、まだ11カ月のようです。将来楽しみな力強さ。

携帯大好きなそうチャマ。ビジネスマンか?

そんなんで居心地良過ぎて寝坊した翌朝。

ぷっぷのおうちから比較的近くだったので、まず長久手古戦場から行くことにしたのですが、結果的に小牧・長久手の戦いゆかりの地を逆時系列的に回った旅となりました。

今は公園となっていて、家康隊とその仲間たちの隊が本陣を置いた山々の配置を縮小して表したという小山がありました。

長久手古戦場碑はちょっとはずれた駐車場の方にポツンと立っていました。文字見えませんね。

ここには長久手の資料館もあり、案の定私はそういうのをさらっと見て回ることができず、読み耽って予定の時間を大幅にオーバーしてしまいましたが、小牧長久手の戦い時代にタイムスリップしたような充実感を得て満足してきました。

駅の近くには、活躍した武将たちの家紋と雄姿がありました。行きは徳川豊臣織田くらいしか興味ありませんでしたが、帰りは7本全部興味深く見てきました。

右から徳川家康さん、織田信雄(のぶかつ)さん、井伊直政さん(ここまで家康勢)、豊臣秀吉さん、で左奥の方にあるのが確か池田恒興さん、森長可さん、堀秀政さん(ここまで秀吉勢)。

そしてその後、1時間くらいかけて犬山城へ。

1537年に織田信長の叔父さんが築城。当時の天守が現存していて国宝に指定されている。現存する12城のうちで日本最古の様式らしいです。
階段がとにかくものすごく狭くて急なんです。傾斜は絶対65度くらいはあったと思います。

わかりづらいけど右側の手すり見てもらえれば何となくわかりますかね~
若者の私(一応)でも手すりつかまらなければ恐くて昇れないし降りれません。
こんなところを当時は手すりもなく、重たい甲冑を着けて昇り降りしてたわけでしょ?頭が下がります。

犬山城は、小牧長久手の戦い時に秀吉さんが入城していました。当時の城主は織田信雄さんの家臣だったようですが、その留守中に池田恒興さんが侵入し落城、のち秀吉さんが入城したそうです。強盗じゃないですか。

最上階からは木曽川を一望できます。木曽川の南岸の岸の崖の上に建っているので、木曽川が自然の要塞になったそうです。

紅葉もきれいでした。

こんなお方もいらっしゃいました。

その後、今度は敵対している家康・信雄さんたちが陣とした小牧山へ。犬山城からも遠くの方に見えるくらいの位置です。

小牧山城はこんな山の上にあります。といっても、これは完全なレプリカです。資料館です。
山のふもとは公園になっています。

大変遠かったですが、山も登ってきました。

でも、時間がなかったので中には入らずに帰ってきました。
一番行きたかったのは、次に行く清州城だったのです。
でも、この小牧山が予想以上に駅からも遠く山登りも大変だったので時間がかかり過ぎてしまい、もう今から行っても閉館時間を過ぎてしまいますが、とりあえず外観だけでも見たかったのでいそいそと清州城に向かいました。

清州駅に着いた頃には辺りはもう薄暗くなり始め・・・

とりあえず清州城の手前にある清州公園にいた信長さんとパチリ。

冷たい強風が吹き荒れていて寒かったのと、辺りを小学校高学年くらいの男の子たちが走り回っている中でセルフタイマーでの撮影だったのとで、わたくし無表情。とりあえずちゃんと来た証拠写真ということで。

そして清州城。案の定もう扉は閉まっていました。
こうなることはなんとなくそんな気がしていたので、一番行きたいところは一番最初に行くべきかと迷ったのですが、まぁきっと大丈夫だろうと甘く見て、位置関係の効率の良さを優先させてしまいました。やっぱり犬山城行く前に行っておくべきでした。反省。

人が来ないかドキドキしながらここでもセルフタイマーでパチリ。

清州城は信長さんが10年間ほど居城したところで、のち信長さんの後継者を決めた清州会議が行われたところ。
ここに秀吉さんも家康さんも、あと柴田勝家さんとかも集まったわけですね。
そしてこの会議の後にひともんちゃくあり、小牧・長久手の戦いへとつながっていくわけです。

本当はこの後に徳川園や豊国神社とかにも行きたかったのですが、もう日も暮れたし体力も限界だったのでやめました。

この後、岐阜県の多治見に移動し、中部電力で頑張っているばんちゃんとご飯。

セルフタイマーを覚えた私は、これもまたテーブルにカメラを置いてセルフタイマーで撮ったので、料理が全く見えませんね。
赤くて辛いお鍋を食べました。

そうして無事に日常に帰ってきました。

私、今まで全く戦国時代には興味なかったのですが、全ての始まりは大河ドラマの江です。
私は昔から興味を持ったことにものすごくのめり込んでしまう性質ですが、こんなに戦国時代に詳しくなってしまうなんて、こんなことなら15年くらい前に江に出会っていたかったです。

ボート引退したら、こんな風に土日を使ってちょっとした旅行に行くのが夢でした。
自由を満喫です♪

大変長い旅行記にお付き合いくださいましてありがとうございました。

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Profile

熊倉美咲
熊倉 美咲 (くまくら みさき)
所属:
一般社団法人TMG本部
生年月日:1983年3月29日
血液型:A型
出身地:埼玉県桶川市
出身校:早稲田大学卒
信念:
諦めたらそこで終わり。
今、その時の自分の最大限の力で頑張り続ければ、きっといつか必ずうまく行く時が来る。