ボート協会の委員初仕事

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わたくし、ボート選手を引退してまだ1カ月ですが、確か最後のレースの5日後くらいに早速日本ボート協会の委員に推薦され、このたび指導者育成委員を拝命いたしました。

私は去年、公認コーチの資格は取得したものの、指導者としての経験は全くありません。
が、他の委員の方の仕事をお手伝いしつつ、まだ選手に近いので選手の目線から何か助言していけたらなと思います。

そして今、私が去年受講していた公認コーチの養成講習会の専門科目がボートコースで行われておりますので、私は昨日の仕事終わってからの午後と、今日一日をスタッフとして働いています。
働いていると言っても、ただちょっと資料配るだけですが。

そして昨日の夜、参加している高校の先生や指導者の方とのちょっとした交流会に参加させていただく機会に恵まれました。
自分のまだ知らない世界の方々のお話を聞くのはとても楽しいですね。勉強になります。

そしてそこに、スペシャルゲストとして、私が大学1年~3年まで監督としてお世話になった方がいらっしゃいました。

私は正直、その元監督が来ると聞いて一瞬ちょっとひるみましたが(笑)、今まではずっと選手と監督という立場でしか接したことがなかったので、選手を引退した今、元監督のまた違った一面が見えてくるんじゃないか、と思って、同席させてもらいました。

監督としてではない、人としての元監督は、酒の席ではとにかくめちゃくちゃでおもしろい人でした。
一通りお下品な事をしゃべってしまってから、私の方を見て「お前はいなかったことにしろ」とちょっと気にしている節もみられました。ウケル。

そのなかで、ちょっと感動した話がありました。

元監督が日本代表だった時代の話。

当時のジャパンのコーチは、ハリソンさんという外国の方でした。

この元監督がどういう方かわかっている人にはわかると思うのですが、この方は決して人の言うことに素直に従うような方ではないのです。すごい強烈な個性をお持ちの方なんです。(本人には内密に)

でも、その元監督が言うには。

ハリソンさんはできる限り日本人に近付こうと努力した。戸田に住み、朝ごはんは毎朝中央大学の合宿所に行って白飯、納豆、味噌汁を食べて、日本語も頑張ってしゃべろうとして、1回の練習で必ず1回は選手個人個人に声をかけ、練習前は選手よりも誰よりも早く来て選手みんなを迎え入れ、練習後は選手がみんな帰るまで最後まで艇庫にいた。そこまでやられたら、いくら俺だって、こいつの言うことは聞いてやろうじゃないかって思うよなぁ。

この話は、とっても私の心に染みました。

熱いハートを持って努力すれば、きっと熱意は伝わる、ということが、今までの他のどんな話よりも心に染みました。

たぶん、この方をご存じの方は、誰もが私と同じ思いを抱くと思います。笑

でも、同時にこの方は、これはフルタイムのコーチだからできることなんだよな、うちらみたいな他の職を持っている人には時間がなくてできない、ということも嘆いておられました。
これはきっと、プロコーチがほとんどいない日本のボート界が抱える課題なのでしょうね。

 

私は、イワグロさんがいなかったら今の私はなかったと思います。これは本当にそう思います。
高校卒業して浪人してしまって、1年間何にも運動しなかった私を、さらに高校時代一度もシングルスカルを漕いだことがなかった私を、大学1年の夏のインカレでいきなりシングルスカルで優勝させてしまったのです。
さらに私のエルゴ2000mのベストタイムは、イワグロさんが私がエルゴしているすぐ横でずっと声をかけ続けてくれた大学2年の時に7分11秒という驚異的なタイムが出て、結局それを一度も更新できずに終わりました。

大学2年の冬、私が体重を落とせなくてアテネオリンピックの代表選手の選考に参加すらできなかった時、私を叱って次は必ず軽量級になってみせると決意させてくれたのもイワグロさんでした。当時は悔しさでいっぱいで、見返してやるって気持ちでしたが。

いろいろ思い返していたらきりがありませんが、私がインカレでシングル3連覇出来たのは間違いなくイワグロさんのおかげだと思います。

それに、北京五輪の後に、もう選手を引退しようと思っていた私に声をかけてくださり、明治安田で一緒に練習して女の子たちと一緒に寮のお風呂使ったりやご飯も食べればいいじゃないか、と素晴らしい環境を与えてくださり、その後もう一度私が奮起できたのもイワグロさんのおかげです。

こうして考えると、本当にたくさんお世話になっていたのだなぁと改めて思います。
誤解されやすい性格の方なので、当時はなかなか正直そこまで素直に思えませんでしたが・・・(^_^;)

離れてみてわかることもたくさんありますね。

それに、イワグロさんの他にも何人の方かおっしゃってくださいますが、ちょっと1年休んだら、また漕ぐの再開してもいいんだぞ、2年でも3年でも何年休んでも、また漕ぎたくなったらいつでも始めればいいんだぞ、と言ってくださいました。

本当にありがたいことだなぁと思います。

これからも、今までと違った立場でボートにかかわっていきたいと思うし、また今までの選手という立場とは違った立場でいろいろな方と交流を持てていけたらなと思います。

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Profile

熊倉美咲
熊倉 美咲 (くまくら みさき)
所属:
一般社団法人TMG本部
生年月日:1983年3月29日
血液型:A型
出身地:埼玉県桶川市
出身校:早稲田大学卒
信念:
諦めたらそこで終わり。
今、その時の自分の最大限の力で頑張り続ければ、きっといつか必ずうまく行く時が来る。