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2011年5月アーカイブ

グルメ特集

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朝:UT

 

しばらく封印していたグルメ特集を行いたいと思います。

というのも、先週の土曜日に、我が大尊敬するN村さんと明治安田にいる後輩と一緒に、前にもご紹介した戸田にある美味しいイタリアンのオオサキさんに行きまして、またしてもとっても美味しいお料理にであったからです。

本日のスープのコーンスープと、向こうに見えるのはチーズの盛り合わせ。
このコーンスープが、私が今まで食したコーンスープの中でも飛び抜けて一番おいしかったです。
何杯でもいけそうです。めっちゃ濃厚です。
以前ご紹介したパンプキンスープもとっても美味しかったのですが、それに負けず劣らずです。
また飲みたいです。

イベリコ豚のなんちゃら。
このソースがとっても美味しかったです。お肉も柔らかかったし。
奥に見えるのはおなじみピザのクワトロフォルマッジョ?
とにかくチーズたっぷりで、ゴルゴンゾーラと蜂蜜が絶妙です。

 

そしてついでなので、今まで撮りためたお写真を一挙大公開。

コメダの新メニュー、味噌カツサンド。
改めてこの大きさにびっくり。
減量中はずっと我慢していたので、念願叶ってです。
ミソカツも大好きなので、とっても美味しかったです。

代々木上原にあるウエストパークカフェというところのロティサリーチキン。
これは、思い入れがありまして。
2008年ギリシャで合宿中、ちょくちょくご飯でこの皮パリパリのチキンの丸焼きが1人1羽でたのですが、私は常に体重の負い目があったため、満足にそのチキンを食べることができなかったのです。
そんなのをこの減量中に思い出し、ロティサリーチキンが食べたい!!って思って調べてみたところ、代々木上原にあったので、先日行ってきました。
とっても美味しかったです。大満足です。
あとこのお店は他のお料理もとっても美味しかったです。

大量のコブサラダ。
ゴルゴンゾーラがちょっとしたアクセントになっていて、本当においしかった。。。

このお店、閑静な住宅街でオープンテラスで、とても良い雰囲気でしたよ。

 

あと最後におまけ。

この右です。ふらのメロンゼリー。
この大きさにつられてついつい買ってしまいましたが、触感も味もかなり本物のメロンに近かったです。
私はそう思います。

 

以上、グルメレポートでした。

かなーり前に副局長さまからお借りしていた長谷部誠さんの「心を整える。~勝利をたぐり寄せるための56の習慣~」を、大変長い間かけて今日やっと読み終えました。

隣の席の子は「2時間で読めちゃいましたよ~」とか言っていましたが、私にはとてもそんな短時間で読み飛ばすようなことができる本ではありませんでした。

一つ一つの文章を咀嚼して、自分の経験や自分自身と照らし合わせたりして、そんな風に読んでいたらものすごーく時間がかかってしまいました。

 

この本を読んでいて学ぶことはとても多かったし、自分が思っていることや経験したことと同じことも書いてあったし、すごいなぁと尊敬できることも書いてありました。

長谷部さんはさすがプロ選手で、とてもO型とは思えないほど細かくきっちりとしている部分もあるし、プロ選手として厳しく自分を律したり自己抑制したりしていて、自分も本当はそうしないといけないんだよなぁ・・・と最初の方は思って、だんだん意識を高める方向に心は進んでいたのですが、後半くらいから、自分にはこんな厳しい生活はやっぱりムリだなぁ。。。と、自分のダメさやゆるさ、甘さを痛感するようになってきて、だんだん読むのが正直少しつらくなってきていました。

 

だけど、最後の方に来て、まさに自分の心を代弁してくれているようなことが2つ、でてきました。

 

まず1つ目。

(45)楽な方に流されると、誰かが傷つく。より。

『今でも楽な方に流されそうになることがあるし、実際流されてしまうこともあるけれど、そんなときは両親、恩師など、いろいろな人の顔を思い浮かべる。みんなの存在が弱い心にブレーキをかけてくれる。』

自分の意志が弱くて楽な方に流されてしまうことで、自分を支えてくれている人たちを傷つけてしまう、ということです。

自分が一番辛かった時のことを言えば、オリンピックの前の冬から春にかけてくらいの、その年の日本代表を決める選考合宿をしていた頃の話です。
今だから言いますが、あの頃は合宿の毎日毎日が身体的にも精神的にも本当に辛くて、正直、自分は代表から落ちてしまえばいい、と思っていました。
事故とかに遭って、日本代表の道から脱線できないかなぁ、、、なんて思ったりもしてました。
たぶん、軽く鬱っぽかったんでしょうね。

4月のアジア予選でオリンピック出場が決定するまでは、たぶん自ら「脱退します」とも言えたはず。
でも自分はそれができなかった。
それは、常に両親や職場の皆さんやボート部のみんなや友達や、ここまでいつも元気づけてくれて応援してきてくれたたくさんの人たちの顔が、すぐそこにあったから。
自分がここでもしオリンピックに出場しない、なんていったら、どれだけたくさんの人が、どんなにがっかりすることか。
私は、自分が夢だったオリンピックに出場することが決まった時に、そんな支えてきてくれた皆さんの喜ぶ顔が何よりも見たかった。
その気持ちが、折れてしまいそうだった自分の弱い心にブレーキをかけてくれたんです。
そうしてオリンピック出場が決まり、自分の中でも腹をくくることができたのです。

長谷部さんのこのフレーズを読んだ時、あの時のことをありありと思い出しました。

 

そして2つ目。ちょっと1つ目に通ずるところがありますが。。。

(56)笑顔の連鎖を巻き起こす。より。

『僕がサッカーをするのは、~中略~「人が喜んでいる顔を見たい」ということもある。』

ワールドカップで、『僕自身は選手として結果には満足できていないけれど、日本国中が元気になって、喜んでくれたのは肌で感じられた。日本を元気にしたい、なんておこがましくて言えないけれど、自分が愉しくかつ必死に研鑽を積むことで、多くの人が喜んでくれる。笑顔の記憶。それこそが僕の仕事に対するモチベーションをかきたててくれる。』

私のパワーの源は、私が勝つことで、応援してくれるみんなが笑顔で喜んでくれるところを見たいと思う気持ち、これが、私が本番でパワーを発揮できる私の強みなんだと思う、と、いろいろな講演とか飲みの席でとかでも言ってきました。

ここ一番の勝負の前・・・①みんなの笑顔が見たい→勝ちたい→何が何でも負けられない→粘り強さ
・・・②みんなの笑顔が見たい→勝ちたい→ミスをしないようにしなければならない→リラックス→冷静に、1本1本正確に

という2つのベクトルが働き、合わさって、勝負強い自分が出てくるのだと、今なんとなく整理ができました。

でも、オリンピックの時は、「みんなの笑顔が見たい」ということがモチベーションである自分にすごく悩んでいました。
他の代表になるような選手はみんな、世界で戦いたい、とにかく勝ちたいんだ、という気持ちがものすごく強かったからです。
私はどうしても、そこまで世界で勝ちたい、という気持ちが湧いてこなくて、こんな自分は代表にふさわしくない、と落ち込んでいました。
まぁそこから、メンタルトレーナーの方にもご協力いただいて、オリンピックに行くことでみんなが喜んでくれるって言うのも立派なモチベーションじゃないか、と肯定的に考えられるようになったのですが。

長谷部選手は、自分のパフォーマンス如何にかかわらず、日本国中が元気になって喜んでくれたのを肌で感じた、と言っていますが、私自身も、日本国中なんて大きなものではありませんが、少なくとも私の周りの人たちや、戸田市や桶川市の人たち、埼玉県の人たち、また全国のボートマンたちなど、それまで自分がかかわってきた人たちの何倍ものたくさんの人が喜んでくれているのは肌で感じることができました。

「勝ちたい」という欲があまりない、というのが自分のコンプレックスでもありましたが、世界で活躍し続けている長谷部選手が自分と同じ考えを持っているのだということがわかって、とても嬉しくなりました。

 

今日もまたかなーり濃い暴露話をしてしまいましたが。。。

この本に出会えてよかったです。

今日のメニュー
朝:UT

大変遅くなってしまいましたが、結果をご報告します。

 

みなさんすでにご存じだとは思いますが。。。
目標であった優勝を果たすことができました。

 

今回の3日間もまたいろいろとドラマがありました。
総じて、改めてやはり、勝利はたくさんの人の支えの上に成り立っているものだという事を実感しました。

 

私は今まで日本代表活動をしていた時は、ほとんど1年中、常に減量に負われていたので、『省エネな身体』になっていました。
つまり、少ないエネルギー摂取量でもたくさん動けてしまう、ので、パフォーマンスはあまり落ちずに済みますが、逆にどれだけ食べる量を減らしても体重が落ちにくい体になっていました。

それが、オリンピック後からこの3年間かけて普通の食事を取り続けていたことで普通の体に戻ったのでしょう。
今回の減量は、体重を落とすことは今までになく楽でした。
でもその分、パフォーマンスにちょっと支障が出てしまいました。
それが予選のレース。
後半すごくバテテしまった上に、レース後の疲労がものすごかったです。
このままこの疲労が抜けなかったら絶対に決勝で勝てない、と思いました。

そこですぐに、いつもお世話になっている坂ノ下温灸院に電話をして、金、土とお世話になりました。

それから、斉藤佑ちゃんを思い出し、酸素カプセルにも行きました。

 

そしてあとは・・・

ちょこちょこここにも登場するG13大先生。
ゴルゴさんは、乗客全員が死亡した飛行機事故で唯一助かり、自然の中へ逃げ込みました。
ですが、いくら不死身のゴルゴとはいえ、瀕死の重傷を負っている状態。
そこで彼がとった行動は、とにかくひたすら休むこと。
全く動かず、エネルギーを摂取してじっとしている。自然治癒力を高めるために。

 

これを思い出し、金曜日のレース後と土曜日は丸一日、とにかくひたすらに寝ました。
体重も何とか大丈夫そうだったので、おにぎりやパンなどでちょっとエネルギーを補給して、あといつもやっているランニングも実は脚へのダメージが大きいことがわかり、やめました。

日中寝過ぎて夜は全く眠れませんでしたが。。。。

それでも日曜日の朝には疲れはすっかり回復していました。

そうすると、レースに対する自信も湧いてきます。

私は元々本番には強く、いつもなぜか一番の勝負の前になると、ものすごい集中力と自信が湧いてきます。

そうして体のコンディションと心のコンディションの調整がうまくいき、決勝では良いパフォーマンスを出すことができました。

きっとこれも、私がベテラン選手になった、という事なんでしょうね。
若い時だったら、あとのことは考えず、全部全力で戦っていました。。。
高校生の時は、決勝のレースのために準決勝のレースの後半は流しなさい、という先生の指示に反発心さえ抱いていたのを思い出します。

 

それから決勝のレース中。

スタートからゴールまで岸から飛び続ける、コーチ陣やチームメイトたちの的確なアドバイスや声援。

所々で岸辺に立って大声で応援して下さる方々。

そしてラスト、たくさんの応援に駆け付けてくださった職員の方々や友達の大声援。

途中あまりのきつさに何度も心折れそうになりましたが、皆様の力のおかげで最後まであきらめずに戦い抜くことができました。

最後の軽量級で優勝カップを、いつもいつも温かい笑顔で応援して下さる会長の元に持ち帰ることができて、本当に嬉しかったです。

 

ここからは、チームのカメラ小僧くんが撮ってくれた写真をいくつか。

総局長さま、私たちが朝早く練習に来るだろうと思って、朝の4時半ごろに起きて張ってくださったそうです。
そのお気持が本当に嬉しかったです。

みなさま、本当に本当にありがとうございました!!!

 

そして、うちのパソコンが壊れていて見られない、ということなので。。。

いつも見に来てくれてありがとう。

体のこと心配してくれてありがとう。

今日から明後日まで全日本軽量級選手権です。

今日は予選でしたが、無事に明後日の準決勝へ進めることとなりました。

今回は食べないことに慣れたのか減量自体はそんなにいつもほどは辛くななかったのですが、その分エネルギー切れがやはりきているようです。。。

ある程度のカロリー摂取はやっぱり大切なんだなぁと今日のレースを経て思いました。

明日は一日休めるので、今日明日としっかり休んで疲れをとって、あさって頑張りたいと思います。

総局長さまのお宅のベランダ、今朝の早朝に練習で行った時からもうあったのです。

レース後に総局長さまからお電話をいただき聞いたところ、なんと私たちが朝早くから来るだろうと思って今朝4時台にもうこの横断幕を張ったというのです。

本当に本当にありがたいことです。。。

何としても優勝できるようにガンバリマス!!!

今日こそは、最後まで更新を・・・ファイティン!

 

旧滝沢本陣の続き。

当時の庶民の生活が窺えます。

床の間?
やっぱり昔だからか天井が低かったです。

綺麗な中庭の庭園。
ですが、右下の方に小さな丸い穴があります。
これは、戊辰戦争の銃弾の跡です。他にもたくさんありました。。。
あと刀傷も☟

私、こういうのを見ながら当時ここで行われていたことなんかを妄想するのが大好きなんですよねぇ。。。

とうわけで、大満足の旧滝沢本陣を後にし、白虎隊の自害の地、飯盛山へ。

というところで時間切れてしまいましたので終わります。

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Profile

熊倉美咲
熊倉 美咲 (くまくら みさき)
所属:
一般社団法人TMG本部
生年月日:1983年3月29日
血液型:A型
出身地:埼玉県桶川市
出身校:早稲田大学卒
信念:
諦めたらそこで終わり。
今、その時の自分の最大限の力で頑張り続ければ、きっといつか必ずうまく行く時が来る。

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