日航123便墜落事故

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今日のメニュー
朝:ショートインターバル(200m(SR32)/100m(SR36))×12
夜:整体

 

今朝は男子舵手つきペアと並べてトレーニングしました。
いやぁ、楽しかった。
おかげさまで、いつも以上に集中力が増したよいトレーニングができました。
私たちは限られた時間の中で練習していくしかない。
その限られた時間の中で、いかに集中して濃い練習ができるか。
それがレースでの勝利を導くカギです。
さぁ、明日も並べ、頑張ろう。

 

ところで、昨日は日航機墜落事故のあった日でした。
事故当時の25年前、私はまだ2歳と4ヵ月半、弟が生まれる1ヵ月半前でした。
なので、当時のことはつゆとも記憶がありません。
そんな私を、当時の事故のことを詳しく知りたい病に罹患させたのは、3日前の朝日新聞の一面の記事でした。
その時のパイロットと管制官の交信のやり取りや、事故直前から事故が起きるまでの恐怖の時間のことが事細かに書かれていたのです。
私は、職場にいるということもすっかり忘れてその記事にのめり込んでしまいました。

こんなに衝撃的な出来事なのに、私はこの事故について何一つ知りません。
なので、とりあえずネットでいろいろ調べ、遺族の心の悲しみを集めた本も得意の衝動買いしました。

知れば知るほど、事故の犠牲者や遺族の気持ちを思いやれば思いやるほど、やりきれない気持ちになりました。
特に、「茜雲」という遺族の思いをつづった本は、万が一この犠牲者を自分の身近な誰かに当てはめて考えてしまったら、きっと涙が止まらなくなってしまうでしょう。

この数日はテレビでも特集されたりしていたので、それも見ました。
墜落するとわかってから30分間くらい、ずっと飛行機はふらふらと飛んでいたという。
その30分の間に、乗客は家族に遺書を書き、パイロットたちはなんとか無事に羽田まで帰って着陸させるために尽力し、客室乗務員は最後までお客様優先で乗客にアナウンスする内容を必死にメモに書き留めていた。
それぞれの立場のそれぞれの30分間。
どんな想いだっただろう。。。。

乗客が家族に遺書を書いていた、というのを知り、9.11テロでも、もうダメだと悟った乗客が家族に電話をしたりしていたのを思い出した。
どちらもみな、家族に対する愛の言葉、感謝の言葉、幸せだった、というような内容で、本当に泣きそうになる。

 

私はたぶんその頃から、飛行機に乗る時はある程度の心づもりはして乗るようになった。
だって、あんなに大きな鉄の塊が空を飛んでいる。
その事実に対して、私たちはあまりにも非力すぎる。
トラブルが発生したところで、私たちはその鉄の塊が落ちて行くのを阻む手立てなんかない。
テロにしたってそう、死を覚悟でハイジャックしている彼らを生にしがみついている私たちが止めることなんてできないし、飛行機がビルに突っ込んでいくことも止めることなんかできない。

だから、何事もなく無事に着陸出来るまでは何かが起きるかもしれないという可能性は常に覚悟しているし、だから無事に着陸で来て初めてほっとできるし、着陸できた時私は何か大きなものに感謝するようになった。

 

この遺族たちの想いの本を読んでいると、今を精一杯生きなきゃダメだと思う。

この事故は風化させちゃダメです。

 

昨日かおとといの透明感のある空。
ちょうど夕方仕事から帰ってきてうちの部屋がある3階までのぼってくると、踊り場から見える空にいつも目を奪われてしまうんです。

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Profile

熊倉美咲
熊倉 美咲 (くまくら みさき)
所属:
一般社団法人TMG本部
生年月日:1983年3月29日
血液型:A型
出身地:埼玉県桶川市
出身校:早稲田大学卒
信念:
諦めたらそこで終わり。
今、その時の自分の最大限の力で頑張り続ければ、きっといつか必ずうまく行く時が来る。