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2010年5月アーカイブ

両親の愛

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今日は本当に久しぶりに何にもないオフでした。

練習も仕事もイベントも予定も、何もない。

今までの分、とにかく寝貯めしました。目覚ましかけず、ひたすら寝ました。
途中、一瞬だけ2回ほど起きたものの、即寝して、気が付いたら14時間寝てました。
いつもの2.5日分寝ました。人間、寝続けられるもんですね。

そして、のそのそ起きて、お風呂に入りながら小説を読み耽り、気づいたら2時間たってました。

そして、減量中にものすごく行きたかったお気入りのカフェに行き、大好きなパンとアイスコーヒーを食しながら2時間ちょっと、簿記の勉強に没頭しました。

帰りの電車で、今日はなんて充実した一日だったんだろう、と幸せを感じました。

ただ、こんな風に時間を気にせず自分のペースで自分の好きなことができることに幸せを感じることができるのも、時間の制約の中でせかせか生きている日常があってこそのことなんだろうなぁと思います。きっとこんな日が3日も続いたら、怠惰な自分に嫌気がさすことでしょう。去年肋骨折って動けなくてただぼーっと休んでいるしかなかった時、完全に無気力状態でただただ退屈だけど何もやる気が起きない、という感じだったので。

 

そんなこんなで、時は遡り28日(金)。
ほんとはこの日の夜に一度書き出していたのだけど、途中で気が付いたら朝になっていたので改めて書き直します。

この日は、以前にも登場した元放射線部部長のS本部長とBB主任が私のお疲れ様でした会を開いてくださりました。

部長は野球とソフトのトップの世界をものすごく知っている人で、部長とはトップアスリートの世界の会話ができ、とても楽しいです。
部長と話をしていると、いろいろな部分でソフトも野球もボートも共通することはたくさんあるんだなぁと思います。
特に部長は、ボートの「支店・力点・作用点」の話にものすごく興味をお持ちになられたようでした。
ボートの場合、まずオールの持つ部分、つまりグリップの部分が力点、オールの水をつかむ部分、つまりブレードの部分が支点、そしてオールが艇に固定されている部分、つまりクラッチの部分が作用点になるわけです。
多くの人はたぶん、動きを自分中心にして考えてしまう。艇の上で自分がどう動いているのかということを。
そうすると、意識がおそらく支点と作用点が逆転してしまうんです。
クラッチの部分を支点にしてブレードで水をかく、という意識に。
そうすると、ただしゃかしゃか水をかいてしまって、自分が一生懸命動いている割には艇は進まない。
そうではなく、ブレードはキャッチの位置で固定して、そこからクラッチの部分を前に進めるんです。
自分が動くんじゃない。艇を前に進める。
そうやって意識を変えるだけで、だいぶ効率のよいローイングができるようになるもんです。
ま、常に意識的にイメージし続けないと、なかなか難しいんですけどね。

これが、バッティングにも通ずるところがあるようです。部長が言うには。
部長は何かを閃かれたようでした。

 

それで、何かの話の流れで、今になってようやく「ああ、そうだったのか」とわかったことがあったのです。

今までの講演とかでも何度も言ってきたけど、私のボートでの原動力は、応援してくれる人たちにいいところを見せたい、私が勝つことで応援してくれている人たちが喜ぶ姿を見たい、という気持ちなんです。
だから、勝負所の本番になればなるほど私は強くなれる。
私自身、トップになりたいという願望はあまりないんです。
それでだいぶ悩んだこともありますが。

今回2位になって、優勝できなくて悔しいと思うのも優勝カップをみんなに見せることができなかったということで、レース自体はものすごくいいレースができたので、2位でも心から満足しているのも真実です。

 

そこで、なぜ私はこうなんだろう、ということに気づかせてくれたのが、部長との話でした。

私は幼稚園の年長から中学3年まで水泳をやって、高校から今までボートをやってきたけど、その間ずーっと、両親はいつもレースがあれば観に来てくれました。
それも、純粋にただ応援しに。
何位以内にならなきゃダメだとか、負けたら怒ったりだとか、そういうことは一切せず、ただただ観に来てくれました。
そして、勝ったら褒めてねぎらってくれて、負けて私が悔しがっていたら慰めてくれました。
普段の練習も、ただただ静かに見守って、時には心配して、ひたすら私の好きなようにやらせてくれました。
だからこそ、私は、プレッシャーとか感じずにただただ目の前のことを一生懸命頑張ることに専念できたし、そんな両親に褒めてもらいたい一心で一生懸命頑張ることができた。
こんなふうにしてずっと両親の深い愛に包まれていたからこそ、私はここまで強くなることができた。

今頃になってこんなことに気づくなんてすごく遅いかもしれないけど、なんかこの時にものすごく深い部分に、かなり古い表現で言えば(笑)ズキューンときた。

北京の時も、順位決定のレースが終わった最後の日、両親と3人だけでご飯を食べに行き、そこで今まで誰にも言えなかった貯めこんできた辛い気持ちを両親に吐き出して、そして周りの誰もが次はメダルをと期待する中、そんなに辛かったんならもうやめて帰ってきていいんだからなと言ってくれて、私はどんなにほっとしたか、心が安心したか、それを思い出した。

両親と離れて暮らしていると、改めて両親の愛に気づかされることが多いです。

本当にありがとう。

今はボートやってても辛くないから安心してね。

 

それで、この時に行った赤羽のイタリアンのお店、トラットリア/スパメン ススムさんというところ。
私、今まで生きてきて、イタリアンでこんなにおいしいもの初めて食べた、というくらい美味しかったゴルゴンゾーラソースのニョッキ。

そんなに好きならおかわりしろ、という部長のお言葉に甘えて2皿いただきました。
また行きたい。めっちゃお勧めです、このお店。

 

今日の韓国語

다 좋아요. タ チョアヨ。 みんな好きです。

今日のメニュー
朝:Total 14km スタート練習、UT(SR22~26)
夜:ランニング12km

 

今日、朝からTMGの病院の一つである田園調布中央病院に視察に行ってきました。

私は今までTMGの戸田地区の病院や施設しか行ったことがなく、他の病院にも行ってみたいという話を総局長にしたところ、急遽、今日、総局長の用事に同行させていただくことになりました。

私は現場は戸田中央総合病院しか経験したことがなく、446床という大規模総合病院が私の中での病院のイメージだったので、その5分の1ほどの病床数の田園調布中央病院は、軽くカルチャーショックの連続でした。

総務課のNさんが、お忙しい中病院中をとってもご丁寧に案内して下さいました。ありがとうございました。

それで、案内していただいてまず感じたことは、あぁ、そういえば、小さい頃かかってたちょっとした病院てこんな感じだったなぁ、という率直に懐かしい感じを受けました。そして、戸田中央総合病院がいかにでかいかということがわかりました。最初から戸田に就職してたから、病院とはそんなもんだと思っていたけれど。

それから、案内して下さったNさんが、まぁ性格的な部分もあるのかもしれませんが、行く部署行く部署、他職種の方々とみんな顔見知り、という感じで仲が良さそうで、堂々と私たちを案内してくれるのです。手術室とかも全く物怖じせず案内してくれました。
戸田ではなかなかそれは難しいです。やっぱり職員は多すぎるからみんな顔見知り、というわけにはいかないし、部署もたくさんあるので、普段全く関わり合いのない人たちがいろいろな部署にたくさんいます。そんな部署には、見学とはいえなかなか入りづらいものです。
そんなアットホームな雰囲気が、こじんまりとした病院ならではで、いいなぁと思いました。

その他にもたくさん学んだことはあるのですが、それは経営的な部分になってくるのでここでは公表しません。

が、私はまだまだ医事に携わる者としての「見る視点」が養われておらず、一緒に行った主任さまが突っ込んだ視点で観察しているのを見て、私ももっともっとグループ病院それぞれについて勉強しなければいけないなぁと痛感しました。

 

それにしても、田園調布という街はすんごい街ですね。

車はあらゆる外車ばかりだし、家は高い石塀に囲まれた日本風お屋敷から、お城のような洋風お屋敷まででかい家々が並び、駅はだいぶメルヘンチックな外観で。。。。

そのメルヘン駅の目の前にあるのが田園調布中央病院。

んで、そのほんとすぐ隣にあるのが「ギャラリーたち花」。会長の奥様のお店です。

落ち着く音楽も流れていて、なかなか癒しの空間でした。

 

そして完全に余談ですが、本日最も心に残った言葉『泣いて馬謖(ばしょく)を切る』。

行きの車の中で総局長が三国志の話をトクトクとして下さり、その中の故事話の一つでした。

意味はご自分でお調べになってください。眠すぎてもうギブアップ。

今日、ボート部の人が撮ってくれた写真でいいのを結構たくさんいただいたので、その中から厳選して公開したいと思います。

自分、筋肉ムキムッキーです。

この3日間は、自分にとってほんとに充実した、すばらしい3日間でした。

うまく言葉にできるかわかりませんが、とにかくこのいろいろな思いを記録に残しておきたいと思います。

 

まず結果。私は2位になりました。

1位は逃しましたが、こんなに自分の力をすべて出し切って、ゴールしてこんなにもすがすがしい気分になれたのは滅多にあることじゃないと思います。

決勝を戦った4人がみんな今までも何度も戦ってきて、供に頑張ってきたライバルでもあり友達でもあったということもありますが、ゴールした後、その場で素直にみんな笑顔でお互いの健闘を称え合いました。

それほど、素晴らしいレースでした。

 

今日の私は、朝の準決勝から絶好調でした。
コーチから言わせれば、準決勝で絶好調過ぎちゃったところもあるようですが、とにかく自分でもものすごい集中できているのがわかり、体は軽く、2000mレース漕ぎ切った後も全く疲れを感じず、そのままのペースでまだしばらくは漕ぎ続けられるくらい、ものすごく効率的な漕ぎができました。
とても気持ちの良い、コンスタントでした。

この集中たらしめたものは、何が何でも決勝まで行きたい、ここまで来て決勝行かずに終われるか、という強い気持ちでした。
絶対に負けたくない、負けられない、という精神集中が今日は非常に強く、それをボートを進める力に変えることができました。

 

そして決勝。

本当に始終競り合いできっついレースだったけれど、こんなにも勝負がいろいろと動いて、自分の感情も動いて、絶対に優勝したいという気持ちを自分も含めみんながほんとに強く持っているのもわかって、みんなのいろいろな駆け引きも伝わってきて、そして伴チャリしながら応援してくれる人たちの声もたくさん聞こえて、体は本当にきつかったけど、こんなにも楽しいレースができて、ゴールした後の満足感は最高でした。

終わってから自分のレースのビデオを最初から最後まで見て、普通に見物として面白いと、他人事のようにつぶやいてしまうほどでした。

決勝を戦った他の3人は、みんな今年の日本代表で、ずっと合宿で、私の何倍も練習を頑張ってきた人たちで、その子たちにここまでの勝負をすることができたことは本当に嬉しかったし、また彼女たちが相手だったからこそここまでの満足感を味わうレースができたわけで、彼女たちには本当に感謝しています。

 

でも・・・・

それ以上に何よりも、私がこの舞台にまた戻ってくることができたのは本当にたくさんの方々の支えがあったからで、こんな言葉にしてしまうと薄っぺらく感じてしまうけど、北京オリンピックが終わってからの苦悩の日々は本当に長くつらく、苦しく暗い日々で、この一年半くらいの間にはここで挙げ始めたら本当にきりがないくらい、本当にたくさんの人に本当にいろいろな面で助けてもらって、それがなかったら今の私がなかったのは確実で、本当にみなさん全てにお礼を言ってまわりたい想いでいっぱいです。

何度も何度も目の前の現実の辛さから逃げ出したくなったことがあったけど、そのたびに、時には私の思いを受け止め包みこんでくれて、時には叱咤激励してくれて、そんなみなさんの優しさがあったからこそ、今、私はボートをやめてしまわずによかった、今日、こんな幸せな思いができてよかったと、心の底から思うことができました。

 

本当に、みなさまありがとうございました。。。。

 

それから、今日再認識した自分の中の真理があります。

感覚的な部分は、口で言っても伝わらないし、想像するだけでは自分のものにはならない。
ただ漕いで漕いで漕ぎまくったその先に、「これだ!」という実感に伴って、やっと自分のものになる。

大学時代に自分がよく言ってたことだったと、今日、思い出しました。

私は、4月初旬のお花見レガッタ、及び、5月初旬の戸田レガッタで、自分のスタートがめちゃめちゃ遅いということを痛感しました。

こんなんじゃ、軽量級ではとてもじゃないけど日本のトップの仲間入りはできない。
この思いはこの時、自分の中で確信に変わりました。

そして、なんとしてもスタートの苦手を克服したかった。

それで、監督やコーチに相談し、私はそれから毎日スタート練習を行うことに決めました。

もちろん最初は全くうまくいかなくて、自分に腹が立つことばかりでした。

でも、どんなにうまくいかなくても、毎日やり続けました。

伴チャリしてくれるS本くんの的確なアドバイスをもとに、自分でもどうやったらスムーズなスタートができるか考え続けながら、毎日毎日スタート25本×10セットを続けました。

そうしていくうちに、だんだんとレートが上がるようになり、軽いリズムが出るようになり、スピードも出るようになり、どうやったらいいスタートができるのか、どこをどう意識したらいいスタートができるのか、だんだんいい時と悪い時の違いや原因が自分でわかるようになってきました。

おかげで、4月にはスタートで視界からみんながいなくなってしまうくらい置いていかれていた私が、今回、何とか視界にみんなの姿を収めておけるくらいまでに成長することができたのです。

さすがに「スタートが得意に」とまでは行かないですけど、私はコンスタントには自信があったので、なんとか視界に収められていればそのあとで絶対いける、との自信につながりました。

やはり強くなるためには、それなりの努力が必要なのです。

苦しいことから逃げていたら、強くはなれない。

今回は、心から「本当に勝ちたい」と思えた。

だからこそ、自分の弱点を分析し、そこから逃げず、努力することができた。

好きなことを努力するのは気持ち的に楽だ。けど、嫌なことを努力するのは相当辛い。けど、それをしなかったら強くなることはできない。辛いことから逃げずに努力し続ける、そのエネルギーは、やっぱり「勝ちたい」という強い気持ちしかないのだと思う。

 

今回のレースで実感した自分の弱点は、もちろんスタートもまだまだだけど、それよりもラストスパートでの体力的タフさ。
予選は1250m過ぎくらいから完全にバテ始めてて、相手の追い上げに太刀打ちできなかったし、今日の決勝も、ラスト500m過ぎで一度はトップに立ったものの、そこからまた抜き返され、そのあとはもうバテていて気持ちだけではどうにも太刀打ちできなかった。
これが、日本代表として私の何倍もの練習量を積んできた人との差なのだと、素直に実感した。

今日は今日で自分にとって大満足のレースができたけど、まだまだ課題はたくさんあって、それはまだまだ伸びる可能性があるということ。

今日の気持ちを忘れずに、また頑張っていきたいと思います。

応援して下さった方々、本当にありがとうございました。

今日の敗者復活は、無事に1位で通過しました。

今日は、初めてボートを観るという、いろいろな職場の方々が何人も観に来て下さいました。

レース後にたくさんのスーツ姿の人たちがみんな喜んで寄ってきて下さって、写真撮影の嵐・・・笑

本当に感激しました。

それだけでも、今日の敗者復活に回った価値があったというもんです。

みなさん、本当にありがとうございました。

 

明日は8時50分から準決勝、そして、そこで1位になれば12時35分から決勝、2位になれば12時20分から順位決定戦です。

いよいよここまで来ました。

自分の納得のいくレースができるように、『優勝』に向かって全力を尽くして頑張りたいと思います。

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Profile

熊倉美咲
熊倉 美咲 (くまくら みさき)
所属:
一般社団法人TMG本部
生年月日:1983年3月29日
血液型:A型
出身地:埼玉県桶川市
出身校:早稲田大学卒
信念:
諦めたらそこで終わり。
今、その時の自分の最大限の力で頑張り続ければ、きっといつか必ずうまく行く時が来る。

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